僕はまあ最近まで、募金などという偽善的事業には一生関与しないぜ、と思っていた訳で。
その理由は、
(1)僕が微々たる金を募金したところでせいぜい困窮している人のうち何人かの助けにしかならないのであって、すべての人を助けることはできないから。
(2)もし貧困や飢餓に喘いでいる人の生命が最優先と考えている人であれば、自分の服は1着を残して全て売ってその金を寄付し、風呂にも入らずその水道代を寄付し、大学にも行かずその学費を寄付し、全ての本と漫画を売ってその金を寄付し、PCを売ってその金を寄付すべき。
服を売らないのは自分のおしゃれの方が他人の生命より大事だと思っているからで、風呂に入るのは自分がにおわないことの方が他人の生命より大事だと思っているからで、大学に行くのは自分の知的成長の方が他人の生命より大事だと思っているからで、本も漫画もPCも売らないのは自分の娯楽の方が他人の生命よりも大事だと思っているからだ。
結局自分がいちばん大事で他人の生命なんてのは自分の価値の優先順位ではずいぶん下の方にあるのに、募金なんてするのは自分がよく見られたいためにすぎない。
そんな偽善者にはなりたくない。


という2つの理由に依っていたのだった。


しかし、最近は、
結局(1)や(2)のことは、しょうがないこと。
ほんの微々たることでも、自分が一番大事だと思っていても、それでも少しでも世界のどっかで誰かが助かるというのは自分にとって好ましいことではないか。
と思うようになったのだった。
まあ歳をとったということなんだけど。