コンピュータ将棋最強は? 北陸先端大で4強対決中日新聞)の記事中に、

 自ら六段の腕前を持ち、決定戦を提案した北陸先端大飯田弘之教授

とあって、この記述を読むと、飯田弘之教授は趣味の将棋でかなりの腕前を持つかのように見えるけど、実際はプロ棋士なんだよね。最近トーナメントプロとしての活動はほとんどしてないみたいだけど。
記事を書いた人は、「飯田教授が六段だ」とは聞いたけど、よもやプロだとは思わなかったんだろうなあ。


って今気づいたけど、この記述を読んで、「この記事は、飯田教授は趣味で将棋をやっていて、六段の腕前があるみたいに読めるけど、実際はプロなんだよなあ。この記者は勘違いしているんだろうなあ」と思えるのは将棋界のことをある程度知っている人に限られるのかもしれない。


いや勿論、飯田教授がプロ棋士でもあるという情報を知ってるのは将棋界に詳しい人だけだが、そういう意味じゃなくて、「引用した記述」+「『飯田教授はプロ棋士でもある』という情報」を与えられて、「この記事を書いた記者は飯田教授がプロ棋士でもあるとは気づかなかったんだろうなあ」と思えるのは、将棋界に詳しい人だけだろう、ということ。


もし、将棋界に詳しくない人であれば、引用した記述を読んだ上で、「飯田教授はプロ棋士でもある」という情報を与えられても、この記事に関して、特に違和感は感じないのかもしれない。
「そりゃプロだから六段の腕前を持ってても、何もおかしくないだろ」と思うかもしれない。




将棋界に詳しい人、というより、正確に言えば、将棋界について書かれたメディアまたは将棋界についてしばしば語るコミュニティに馴染んでいて、それらの言葉遣いに慣れている人が、この記事の記者が飯田教授がプロ棋士であることを知っていながらこの記事を書いたとは考えない(だろう)理由は、普通は、プロに関して「六段の腕前」などという言い方はしないからだ。
なぜそのような言い方をしないか。
少し説明が長くなるが、まず、将棋界で、四段とか八段とか3級とかいう段級位には、基本的には2種類ある。*1
一つはアマの段級位で、もう一つはプロの段級位。
で、今回問題になっているのはプロの段級位だが、これも正確に言えば2段階に分かれており*2、一つが6級から三段までの奨励会(プロ棋士の養成機関)の段級位で、もう一つが四段からそれ以上(現在は九段まである)のプロ棋士の段位だ。
奨励会とはプロ棋士の養成機関で、プロ棋士になるには、基本的には*3、ここに入会し、規定の成績を挙げて昇級・昇段を重ねていく必要があり、四段に昇段して初めてプロ棋士になれる。
今述べたことからもわかるように、奨励会における段級位は、プロになれるかどうかを判定する重要なものであり、

初段〜三段までの昇段点は、8連勝、12勝4敗、14勝5敗、16勝6敗、18勝7敗。
6級〜1級までの昇級点は、6連勝、9勝3敗、11勝4敗、13勝5敗、15勝6敗。

http://www.shogi.or.jp/kisen/shourei/index.htmlより)
と、昇段するための基準が勝敗によって定められている。
また、当然ながら降段・降級することもあり、これも

三段リーグでの降段は、降段点(勝率2割5分以下)を連続2回取ると二段に降段。
二段以下の場合、2勝8敗以下で降段級点。これを消さない内に2度目を取ると降段級。降段級点を消すには3勝3敗以上の星を収めなけれぽならない。

(同じくhttp://www.shogi.or.jp/kisen/shourei/index.htmlより)
と定められている。
このように、奨励会の段級位は、相対的な強さをある程度の正確さで反映するものと見なされている。


一方、四段以上のプロ棋士の段位は、あまり強さを正確に判断するものとは見なされていない。
というのも、http://www.shogi.or.jp/kisen/kitei.htmlに詳しく規定が書かれているが、n段昇段後m勝することでn+1段に上がることができる*4のだが、この勝ち数を上げるのに期限や負け数の規定はなく、何年かかっても何敗してもいいからだ。
また、降段するということもないので、あまり活躍できなくても、長年現役で居続けさえすればある程度の段位までは達することができる(それでも九段などの高段にはやはりそれ相応の実力がないと厳しいが)。






と、以上のような事情があるので、将棋界に詳しい人であれば、プロに関しては、「六段の腕前」などという言い方はほとんどしないように思う。六段と言っても人によって違いがありすぎるので。


ということで、最初の記事の話に戻れば、飯田教授に関して六段の腕前だと書いた記者が、将棋界のことをよく知らないとすれば、飯田教授がプロ棋士だと知った上で六段と書いたのかもしれない。


ということで、言語の使用に前提とされる社会的な知識、「フレーム」の一例でした。


チェス界の有名どころでは、世界チャンピオンにもなったMax Euwe(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%83%AF)が数学者ですね。

*1:将棋倶楽部24における段級とかローカルなものも含めれば無数にあるけど

*2:女流棋士や指導棋士のことは説明が煩雑になるので無視した

*3:例外もある。

*4:nは4以上8以下の整数、mは正整数