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大学を卒業しました。
この4月から名古屋の某大大学院に進学します。


冷静に考えると、7年大学にいて、この住みよい実家を出て一人暮らししながらプロゲーマー(むろんこの場合比喩である)*1を目指すって狂気の沙汰であるという気がする。
ただ、4年なり6年なり大学にいて、その後就職してっていう普通の流れも、冷静に考えると狂気の沙汰だと思われる。
狂気というか…無常って感じか。ホントは一生気楽にのんびり働かずに暮らしたいんだけど。
これからやること、やらなきゃいけないこと(転入届とかその類の雑事のことではなく。本業でね)を考えると気は紛れるけど。
冷静になると何で私が名古屋に?ってなる。
それは、なぜ地球上のどこにでも行けるのに、今この瞬間、ある特定の座標を目指してまっしぐらに向かっているのか、という、僕が旅行中によく感じる不思議な感覚に近い。
物理的に考えると、脳内の特定の分子や電子の配置が50kgの物体をかくも遠くのある地点へかくも正確に運ぶという。いや、カオス性についてはそれほどの驚きはないが、それよりもむしろその特定の脳内の配置のコーダビリティとデコーダビリティか。
それは人間というよくできた機械を中心的な構成要素とした地球規模の社会というシステムがよくできているなと。
God Delusionの冒頭に、著者のschool chaplainをその職業に導いたのは、tangled rootとしてのmicrocosmという認識だった、というような話があったように思うが(冒頭しか読んでない)、僕のこの人間を組み込んだ社会システムの精緻さへの感覚はそれに近いと思う。
話が逸れたか。
つまりまとめると、名古屋で一人暮らししながら大学院に進学することは実に奇縁であることよ、と。(奇縁について述べるときは三浦俊彦の指摘するように『なぜ私は私なのか』という擬似問題に陥らないよう注意する必要がある)
さて明日は早いのでもう寝ます。
僕も大学を卒業してちょっとは賢くなったので中断して続きは明日以降書く。

*1:この比喩は一面的ではあるがお気に入りなので今後も使っていく