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グラビアアイドルとかAV女優*1のすごい熱心なファンで、その人のtwitterでの当該女優へのリプライやブログでのコメントを見ていると「この世でこんなに親切でいい人はいない」と思わせるような接し方をしていて、撮影会などでは高価なプレゼントをよく持っていっているような人をときどき見かける*2けど、僕の常識によれば、(いかにそうでないように見せているにせよ)そういう人は、少なくとも当初は、性的関心からファンになっているわけで、その点は彼女たちはどう思っているのか、あるいはそもそも性的関心から興味を持ったアイドルに対して、「自分は人として愛しているんです!」というポーズをとるのは倫理的にどうなのか、というふうにも思わなくもない。
が、この生き馬の目を抜く世の中で、当初の動機はどうあれ応援してくれるというのは稀有なことなので、性的な関心から誰かを応援するということだけで、誰かからどうこう非難されるような謂れはないのではないかと思うようになった。


ただ、彼女たちがどう思っているのか、ということに関しては、そんじょそこらの童貞である僕がブログでどうこう言うレベルを超えている繊細かつ微妙な問題があるので一概にここで述べることはできないことがらではあるが、やはり常識と観察に則って考えるところによれば、彼女たちも「性的な関心からファンになっているんですよ」ということはおくびにも出さずやりとりすることを望んでいる人も多いとは思う。
とすれば両者とも「この男は性的関心からファンになった」ということは頭の片隅に入れつつも(しかし、重要なことには、こういうことは頭の片隅に追いやられているうちに、いつか一時的にせよ忘れられてしまう、演じているうちに演じているということを忘れてしまう、というようなことは、世の中よくあるようにも思われる)、そうでないような振りをしたやりとりをする、というのが伝統的な美しい男女のやりとりなのかもしれない。

*1:どちらかと言えばテレビにも出ててファンの数もものすごい人数いるような人ではなく、知る人ぞ知る、という感じの

*2:正確に言えば、別にそういう熱心なファンについてそこまで興味があるわけではないので、むしろそのアイドルの動向を追っていると、twitterやブログで、「熱心なファン」の集合的イメージとしてそのような印象が形成されているので、実際には、そのようなファンたちの行動の中でも目立つ行動が多く記憶され、また、個々の熱狂的なファンであっても稀にしかしないような行動も、集合的に認識されているために、それを頻繁に行っているかのような印象(例えば高価なプレゼントは、個々のファンは5回の撮影会のうち1回しか持っていかないのだが、そういうファンが10人いて、そのアイドルが「いつもいつもありがとー><」って毎回ブログで報告していたら、「毎回持っていくとは熱心なファンだな…」とこちらは思ってしまう)を受けている、というバイアスは当然あるだろうが