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夜のうん活

あんまり詳しく書かないが、某手段を通じての就職、どうしようか悩んでいる。
当然のことながら一切働きたくないのだが、金を出してる人が「そろそろ…」というのでお手軽な手段として某手段を通じての就活ということになるわけだが、やはり説明会などを通じて実際の業務のイメージが湧いてくると、
「ここで某手段を通じて就職すると、このまま数学や情報やなんやかや、その辺の『技術』から離れていくんだろうな」という感じがすごいする。
つまり、某手段による就職においては、結局のところ、技術そのものは直接は必要とはされず、それを理解した上で立案していくという感じが中心になりそうだから。

僕としては、コミュニケーションに難を抱える人が多い数学科出身の人としては、自分はそういう「立案していく系」になったとしても結構やっていけるだろうという実績なき自信もあるので、その道で全くやっていけないとは思わない。
が、まず第1に、どこかで脇道に逸れてph.D.とりたいなーという気持ちがあるのだが、某手段を通じて就職した場合、不夜城的な場所で忙殺され、辞め時を失いそうだと思う。まぁこれは実際に働いてみないとなんとも言えないが。
また第2に、仮にどっかで辞めようという邪な気持ちを横に置くにしても、自分が働く道として、自分の数理的な能力(と言ったって論文だって書いてないし大した実績がないが)が、単なる汎用的論理思考力ってやつとか数学的な素養あるいはリテラシーとやらとしてしか活かされないというのは、何かどうなのという気もする。

いや、そのリテラシーってやつも程度によってはおそらく十二分に大した能力なのであろうし、そもそも対して究めてない僕からすればせいぜいリテラシーくらいしか誇れるものはないという見方もある。
しかし、世の中がいろんな技術で盛り上がってる時に、その技術を自ら活用していくのではなく、説明会で聞いた言い方を借りれば、「資料を作成することとそれを説明すること」を二大業務としてやっていく、というのは面白いのだろうか?
いや、それも立派な仕事であって自分自身やりがいを持ってやれる気もするのだが、センスオブワンダーがないように思う。これは個人的な好みだが。

まぁそもそも選べるような立場じゃないから雇ってもらえるところはどこでも土下座してでも雇ってもらっとけという説もある。ただ、某手段の特性として、「もう1回遊べるドン」的な考え方もある。
あと、某手段に挑戦した手応え的に、「ん?俺ってこの市場でそこまでクソミソにひどいわけじゃなくね?」という嘘自信を持ったというのもある。

まぁ全ては世間知らずの赤ちゃんアラサーの戯言なんだが、そういう状態での意思決定こそ人生の醍醐味みたいなところある。