対談本などというあまり手のかかってない(と考えられる)本は普段あまり買わないのだが、羽生善治茂木健一郎の『自分の頭で考えるということ』買った。
立ち読みで大部分読んでしまったので、流石にジュンク堂さんに悪いかと思って。


基本的には見慣れた話題が多いが、いくつか新しい発見もある。
特に後半の、「脳のトップスピード」や「将棋指しの特異な脳の使い方」あたりの話は結構面白い。
ただ、対談だけにいくつか相手の発言の中の重要なポイントを見逃してる局面もいくつかあり、それは勿体ない感がある。


例えば、p46の「ジェネラル・インテリジェンス」にまつわる話題で、
茂木が「今までの話によると、厳しい情報戦で勝負が決まるなら、我々が一般に将棋指しについて想像する、白紙の状態でその局面を見て考える、という『ジェネラルインテリジェンス』というモデルは違うんですね」、というようなことをと言っているが、これは明らかに、将棋界でもしばしば挙がるトピックの一つである「初見の局面で判断する力」に関する話題であって、この話題からは

  • 中盤以降は常に初見の局面を相手にすることになるわけで、序盤の情報戦と中終盤の自力で判断する力、そのバランスはどうなのか
  • しかし自力で判断といってもそこに経験の積み重ねが影響するということもある(戦型の「経験値」ということ)

という展開、あるいは、

  • 人間の知性は本当にジェネラルなのか、人間の知性とコンピュータの方法論との関係、人間の知能の進化の歴史、人間の知性の本性

という展開が考えられるのに、羽生はスルーしてしまっている。


また、p64の、

端歩が一個突いているとか、こっち側に一個突いているという形によって手が読めるわけではないのですが、ずっと先、二十手とか三十手、四十手先に、たぶんこういうことが起こるだろうということが、象徴的に表れるケースが端歩にはすごく多い。

という羽生の発言は非常に重要なものだと思う。
似たような話題は将棋界でも指摘されたことはある(例えば「美濃囲いで端2手突いてあると金銀1枚違う」とか)ようにも思うが、「象徴的に表れる」と表現されるような論点は、少なくとも僕は初めて耳にしたし、パターン認識・局面の流れというマクロな話と、局面の些細な違い・読み筋というミクロな話が交差する点でも認知脳科学的にも興味深い話だと思うが、茂木は「人間の、曖昧に全体をとらえる力」というよくある論点を話すのに夢中でスルーしてしまっている。
あともう1個、これはもったいないので指摘しておきたいが、p91の茂木の発言で

普通将棋のルールというのは、ある駒の動かし方はその駒だけで決まるから、(中略)でも横にある駒の性質によって動き方が変わるということは、セル・オートマトン(Cellular Automaton)というか、二つの升目の間の相互作用をルールに取り入れているということなんですね。

とあって、その後羽生はスルーしているが、ここは「フェアリーチェスやフェアリー将棋にはそのようなルールはたくさんあります」と行く一手だろうがああああああああああ
いやまあ羽生もそんなに詳しくないならしょうがないけどね。
フェアリー将棋とオートマトンといえばhttp://www.abz.jp/~k7ro/solve/solution18.htmlの「第92回解答」で触れられていた話題を思い出す。


まぁ、これらのすれ違いは対談にはつきものなのでしょうがないとも言える。
全体としては対談としては面白い部類になってるとは思う。
やはりこの対談の優れている点は、羽生の思考法について茂木が聞き出せているところにある。
まぁ、詳しくは読んでくれ、という感じ。
あと、谷川はやはりすごかったということがわかったのも収穫。
また、ネット将棋について、江戸時代の家元制度については、恥ずかしながら知らなかったこともいくつかあった。




ところで、普通羽生と対談する人は全然将棋のことがわかっておらず、とんちんかんなことを言って、羽生が「我々」にとっては100回くらい聞いたことがある話を1から説明する場合が多いけど、茂木の将棋に関する発言は結構当を得ている。

普通の人が将棋に対して抱いているイメージは、未だに阪田三吉に代表されるロマンティックなものだと思いますが、もう完全にスタイルが一新されたんですね。

*1

相手の陣地も壊すんだけど、自分も壊れながら攻めていくという、独特の感じがあるじゃないですか。

*2

振り飛車や矢倉は江戸時代っぽいですね。

*3
とか、普通の(将棋に関する)素人だととても出てこない発言で、その点はさすが茂木。ってか、普通に結構将棋指すのかな?正直、これらの発言だけで有段認定していい気はするが*4

*1:p28,l6

*2:p57,l7

*3:p106,l11

*4:特に「自分も壊れながら…」っていう発言って、級位者からは絶対出てこない気がするのだが