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結局この時間まで粘ったがブログをうまくまとめることができなかった。
まとめることができなかったというよりも、何を信じていいかわからないという感じだが。
僕はどうやら読書量が少ないようであるので、必死こいて考え出したことはとっくに他の人が言及していることだったりする。
どうもやっぱり、如何に生きるべきか、というような問題に関して、意見は人によって完全に異なっていて、それは自分で見出すしかないようだ。
ある人が最上の価値と思ってるものを他のある人は一瞬で切り捨てたりするし。
難しいものです。
どこまでメタに疑っていいのか、どこまでベタに信じていいのか。
それが問題だ。
とりあえずさすがにもう寝る。
というか、定義によっちゃあこれは徹夜だなあ……12時に寝ようと思ったのに。
まあ今日ここまで起きてたことの収穫のひとつは、全くの駄作だと思っていたネコソギラジカルを評価しうる視点を発見したことだ。


少し話は飛ぶが『ネコソギラジカル』/ビルドゥングス・ロマンの逆説

単純に西尾維新とはナイーブな「作家性」というものを少しも信じておらず、読者――それは奇形化した形式を用いて作品を書いてしまう「ファウスト」系作家たちに、健全なビルドゥングスの形式の獲得を望むような批評家も含まれる――の要求水準を敏感に感じ取って、適切な「萌え要素」の配置を行える作者なのだ、ということなのだろう。言ってしまえば、私が言うような問題系はおそらく西尾は既に折込済みなのだ。

とあるが、それはさすがに買いかぶりすぎだと思う。