粒度

何かが組み合わさって出来上がったものは、
(a)その組み上げ方が問題だから
(b)思考の単位として、考えるに適切な単位があるから
という2点において、単なる構成要素のリストではない。
(a)は、同じアミノ酸から成るタンパク質でもその一次構造が異なればタンパク質として異なるものとなること、黒鉛とダイヤモンドの違い、空集合空集合を唯一の要素とする集合の違いなどを想起せよ。
(b)は、量子力学ですべてを説明できるとしても、分子について考えたい場合には化学、細胞について考えたい場合には生物学、さらに広く共生関係や捕食関係など生物種の相互作用について考えたい場合には環境学が必要とされるように、物事を考えるには適切なスケールが存在するということ。

が、ものごとは単にその構成要素に尽くされているとする誤った還元主義は広くみられる。

さっきケンタッキーで食べ比べパック(レモンペッパーチキンとオリジナルチキンとポテト、飲み物)とレモンペッパーチキンとクリスピーチキンを頼んだところ、「レモンペッパーチキンは2つですね」と言われた。
これは悪しき還元主義の一例である。
なぜなら、
(1)食べ比べパックは単品で頼むものよりもお得であることを前提に注文しているので、構成要素に還元して列挙されると、それが果たしてお得なパック料金が適用されるのか否かが明らかでなくなる
(2)こちらは2人で食べる想定で注文しており、チキンに関しては、1人が食べ比べパック、もう1人が単品2つを食べることをイメージしているため、この2つのまとまりを分けて考えている。このため、「2人で食べる合計のチキンの本数」という考え方はしない又は意味がない*1
からである。
この具体的な問題の(1)は先に指摘した「組み上げ方が問題」という観点、(2)は「適切な思考の単位」という観点に対応している。

(結局、物事を考えるにあたってはこれが唯一適切な最終的方法、というものがあるわけではなく、用途に応じていろいろな方法を使い分けるしかないのであるが、要素を列挙するということが物事を完全に分析するための最善の最終的方法である、と考えてしまう人がいるように思われる)

*1:もちろん2人で食べる場合であっても、1人がレモンペッパーチキンを2つ食べ、もう1人がオリジナルチキンとクリスピーチキンを食べるケースなど、単に値段の都合上食べ比べパックを注文するのであって、パック注文が実際に供される単位とは関係ないケースもある。ただしそれはそういうケースもあるというだけであって、本文中で言及したケースもありうる、ということを否定するものではない