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スケジュール

ここ一週間くらいやってた筋トレを、昨日は眠すぎて寝ざるをえず、継続が中断してしまったが、なぜこのような事態に陥ってしまったのか。

まず一つには、昨日やりきるための計画性が足りなかった、ということがある。
「今日は早く寝なきゃいけないから、今やっておこう」と思える瞬間は、明らかにいくらでも(少なくとも「今やれるぞ」という時間は4時間以上)あったのであった。

しかしそれはそれで反省するとしても、世の中、どんな習慣も、たまに1日くらいやれない日は到来するものであって、より問うべきは、「なぜこの日できなかったのか」ということよりはむしろ、「なぜこの日できなかったことによって私はそれと一生決別することになってしまうのか」(すーぐ決別しちゃう)ということではないか。
この問いに対する解答としても、「次の日(およびn日後)の計画性/意思が足りなかった」という答え方はできるものの、ここでは、生活をシステムとして捉えたい。
余談だが今日まで自動車教習所に通っていて、今日でもう卒業したのだが、学校と名のつくものを無遅刻無欠席で卒業したのは僕の人生の中では快挙*1なので褒めてほしいのだが、それはさておき、例えば教習の時間割のような決められたスケジュールが何かしら外部から与えられた場合、いかな僕と言えど、9割以上はそれに従うし、しかも大した苦労もなくこなせてしまうのである。いやマジで。
このような「時間割」とか「始業時間」とかの例だと分かりやすいが、それらによって強制される行動は、「そういうことになっているから実現される」としか言いようがないものなのである。
しかしここで誤解してはいけないのが、これらの明示的なスケジュールの持つ強制力というのが、職場や学校のような機関が持つ権力だけに由来するものでは必ずしもない、ということである。
このことは、このブログにおいて最も身近な反例、「大学の時間割が決まっていてもそれを単に無視する人もいる」という事実を見てもわかるし、また逆に、誰から強制されたわけでもないのに、多くの人が1日3回おおむね決まった時間に食事を摂るし*2、風呂に入ったときにどこから体を洗うか、というようなこと*3は長期間にわたって変化しないということを見るに、このある種の「強制力」は外部から与えられるのではない自ら生み出した習慣であっても生じうると言える。
だから、そのような確固たるスケジュール/習慣が実現される確度の高さを言い表すにあたっては、「他人からの」というニュアンスが強い「強制力」という言葉は誤解を招きやすいかもしれないが、ここでは主語は「スケジュール」で、スケジュールから(「強制」という)動作を受けるのが「人」という関係なので、やはり使いやすい「強制力」という言葉を使っていくことにする。

話がややそれたが、先に述べたことを再言すると、スケジュールや習慣は強制力を持つが、その強制力の実態は、「単にそう決まっているからそうなる」としか言いようのないものである。*4
今から述べることがこの単なるbabbleにすぎないブログの中で僅かながら非自明かもしれない唯一のアイディアなのだが、通常は始業時間とか時間割とかは、個々人の習慣とは切り離されて単に*5外部から与えられた枷であると考えるのが普通だが、たしかにそれらのスケジュール表の由来は、何がしかの権力を持つ外部から与えられたものではあるけれども、単に個々人に対して何らかの強制力を及ぼすものという視点で見るならば、それらを風呂で体を洗う順番と特に区別しなくてもよいと言える。どちらも、我々の生活のシステムにとりこまれたスケジュール/習慣である。
なぜここで「システム」などという仰々しい語を使っているかというと、一つには習慣もスケジュールも含むより包括的な概念としてとらえたいからであり、またもう一つには可変的でカスタマイザブルであることを強調したいから、さらには単にかっこいいからでもある。

して、そのシステムという観点から、一日中断してしまった筋トレをどう再開するか、という話がどう捉えられるか。
まず、システムの一部となった習慣は、一旦中断したからと言って途切れるものではない。
一食飯を食えなかったからと言って、以後絶食して餓死する人はいない。
というわけで、筋トレを生活のシステムに組み込むことが必要。
しかしその方法はわからない。わからないけど、そのノウハウを編み出すことが重要。
「意志力を鍛える」とは、トイレで青筋立てて腹筋に力を入れるときのようにして鍛える類のものではない。

結局習慣化することが大事、という僕の友人が一万回くらい言ってる話。
しかも、具体的な方法については述べないという、ね。
単におしゃべりしたかっただけ。
このブログで既出かどうかも気にしないことにしよう。

*1:正確に言えば2回ほど遅刻したがシステム上遅刻とみなされなかったのでノーカン

*2:これに対しては「それは食事を摂る時間は生物としてのスペック上規定される」というようなツッコミも予想しうるが、これに対しては、例えばそれが3食だというのはまったく自明ではないし、また狩猟採集生活を送っている人は「毎日決まった時間の食事」にありつけるとは限らないということを指摘したい

*3:案外そのような通常意識されないような習慣こそ却って変化することが少ないかもしれない。現に何時にご飯を食うかはそれなりに変動したりする

*4:別に何か言霊とか意志の力とかオカルトな主張をしようというのではなく、単に脳がそのようなスケジュールを実行していく実装の詳細については触れないでブラックボックスに入れようというだけ

*5:「単に」という表現を使いすぎな気もする